Love&Peace,Destroy #1
この男とサングラスは切っても切れない関係だ。
この男はサングラスを取れない理由があった。今、時間は午前11時……今日もこの男の登場を日本全国民が待ち侘びている。
楽屋の机に無造作に置かれたサングラスを目にかける瞬間……男は何時もテレビの前の一般視聴者ではなく、ある人物の事を考える。
それは一度…たった一度しか会った事のないある子供の事……子供はその時まだ12歳の小学六年生だった。
男の唯一の特技であった『ヤモリの真似』今思っても『これの何処が面白いのだろう?』という自責に苛まれ彼を畏怖に陥れてしまいそうになるが、一人…ただ一人この芸を心の底から楽しんでくれたあの子……。あの子は病気だった……ま だ芸で食える程売れてもなく様々な場所を回って営業をしていた頃、たまたま行った病院のお楽しみ会のゲストとして行った時のことだ。
沢山の芸もあるわけのない男 は、何時も通り『ヤモリの真似』をした………『どうしたいんだ?』的に静まり返る観衆をよそにあの子は大きな声で笑っていた。
それはその子が乗っていた車椅子がひっくり返らんばかりの大爆笑だった。
この芸でこんなにうけたのは初めてだった男は、正直疑いを禁じ得なかった。
でも、それでもやはり自分の芸がうけた喜びは並大抵のものではなく男は顔に笑顔を誰にも悟られないようにひっそり称え舞台をおりた。
出番を終えフロアに行くと男の元へ車椅子で駆け寄る少年。
彼 は嬉しそうに開口一番にこう言った。『来年も来てくれる?』 男は一瞬戸惑ったが、『来るよ。きっとね』と返した。『約束だよ!』そう言ってその子は男の真似といってサングラスをかけ嬉しそうに小指を差し出した。 『僕、おじちゃんみたいに人を楽しませる人になりたいんだ!』
男は笑顔を浮かべ『おじちゃんじゃねぇ、お兄さんだ!』と怒鳴りたいのをグッと堪え、きっとまたこの病院の行事…いや、この子に会いに来る事を胸に誓い、指切りげんまんをした。
その後……始まったこの昼帯の長寿番組。
この番組のお陰で自分の知名度はあがり、今では日本で彼の名前を知らないものはいない程になった。
あれから幾年流れたろう……あの子は今も元気でいるだろうか?
多忙過ぎて、あの病院、いや、あの子にはあれから会っていない。もう一度あの子を思う。
今も元気だろうか…?
そして時間はもうすぐ正午。男は舞台袖でサングラスをかける。過ぎた時間は帰らない。ただもう一度だけ…出来る事ならあの子に会いにいきたい……。
その思いを抱え男は今日も舞台に上がる☆
… という物語があったらどうだろう。
あの昼に送られるだらけた番組の見方も一気に様変わりしてしまわないか。
こんなちょっと切なくていい話風な物語をサングラスをかけたあの大御所を題材にしてまで妄想して逃避行したのには理由がある。
PCに入れたディスクが出てこないのである。
以前、それこそ若かりし頃、親に隠れてHビデオを見ようとデッキにインサートした時、入れ方が曲がっていたためか壮絶な音とともにテープが空回りデッキとビデオが自分の目の前で仲良く心中した事がある。
あれは焦るという言葉を生み出す全ての思考回路が動きを止めて自分が今何故ここに生きているのかさえも見失わさせてしまうほどの衝撃を自分にもたらす。
最後に何か思いを届けたいのかビデオがちょっと出たり入ったりを一定のリズムで繰り返し、自分はそのちょっと出てきたビデオの端を必死に掴み、『頑張れ』と口にしながら悪戦苦闘していた……あれから幾月、自分も三十六という齢を迎え……歴史は今繰り返されようとしている。
幸いにドライブに入っているディスクはAVではない…………PCとディスクの切っても切れない関係性、それを妄想しながら再起動をもう一度試みてみることにしよう。